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2013年7月30日 (火)

和式便器で死にかけた

私は大学時代 誰もが軽薄と認める軽音楽部に所属していた。
皆 髪を肩まで伸ばし治外法権の住人の権化と化していた。が その実は体育会系の伝統の残る大学の為 合宿と称し 下級生を砂浜で血尿が出るほどしごいたり 定例会の際には死ぬほど酒を呑まねばならなかった。
2年生の時は定例会のあと 新入部員の世話を2年生が看る事になる。誰のアパートに酔っ払って死にそうな1年生を運ぶか?。
運悪く 勘太君のアパートは上級生もおらず 詰め込めるといった理由から選ばれた。
案の定 1年生は飲まされゲロゲロになって 何人も倒れている。夜も更け ようやく落ち着いたなと思っていたら 後輩のK崎が”先輩 ちょっと ちょっと”と笑いながら寄って来る。何かとついて行くと 共同トイレの前。開けると和式便器の金隠しの部分を枕のように爆睡している同級生のK添。
何を考えたのだろうか ズボンは脱いでいない。まさに寝る感じだ。
ズボンを下ろし あわれも無い格好であれば 近隣住民を起し みんなで笑いものにした上で 写真にとり未来永劫 ゆすってやろうと思ったのだが。
私は ゲロゲロ状態の出来の悪い下級生や同級生の為 1台しかない便器をコイツに占有させてはならないと判断し”おい K添”とちょっとだけ背中をさすった。
すると! あら!!。K添の頭は金隠しから落ち 溜まった水の中にポチャ。”お後が宜しいようで、じゃあ 私はこれで”と後はK崎に任せ 逃げようと思ったのだが。さすがに 和式便器に溺れて死んだとなったら 末代まで笑われるのもかわいそうなので 死なない程度に引きずり出し 後は後輩のK崎に一任した。
潔癖症の私が その後 一月は勘太君のアパートに近づかなかったのはいうまでもない。

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